【重要判例】塩釜レール入事件(大判大10.6.2 民録27-1038)

判例
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慣習による契約内容の意味の確定に関する、重要判例です。

1. 事件の概要

本事件の概要はこうです。

【登場人物】

  • Xさん:宮城県塩釜市在住。今回の事件において「買主」として登場。
  • Y合名会社:今回の事件において、Xさんに肥料を売る「売主」として登場。

大正6年4月2日、Xさんは、Y合名会社の新潟営業所より肥料用の豆粕を

①貨車10車分(以下”①契約”)
並びに
②貨車1車分(以下”②契約”)

を購入する売買契約を締結しました。この内、①契約の決済条件として4月30日に「塩釜レール入」とする、②契約の決済条件を「即時納入」としています。

ここで言う「塩釜レール入」とは、この地方の商慣習であり、「まずは売主が商品を塩釜駅まで送付する義務を負い、商品が到着するまでは代金を買主に請求できないとする」という内容のものでした。

 

[Xさん]

そろそろ4月30日やな。①契約で購入した豆粕が塩釜駅に届くはずや。決済条件は「塩釜レール入」やから、豆粕が実際に駅に届くまで、カネは支払わへんで。

[Y合名会社 新潟支店]
そろそろ4月30日やな。豆粕を塩釜駅まで運ばなあかんけど、Xのやつから代金の入金が全然ないやんけ。Xから代金の入金がない限りは、ウチも債務(豆粕を塩釜駅まで運搬し、買主に引き渡す責任)の履行はせーへんで。

[Xさん]

おい、4月30日なったけど豆粕届かへんやんけ!どーなってんねん!Y合名会社新潟支店に①契約の債務履行の催告したるで。

[Y合名会社 新潟支店]
Xからなんか来たで。なに?債務履行の催告ぅ?何言うてんのこいつ、カネも貰ってないのに、ブツを引き渡せる訳ないやろ!ムシやムシ!

[Xさん]

おい!債務履行の催告しても全然豆粕届かんやんけ!もうええわ、契約解除した上で、債務不履行による損害賠償請求したるわ!

こうして、XさんはY合名会社新潟支店の債務不履行を理由に、①契約を解除し、損害賠償請求の訴えを提起したのです。

[Xさん]

なあ裁判所、ちょっと聞いて。

[裁判所]
あ?なんや?

[Xさん]

あのな、かくかくしかじかでな、Y合名会社に損害賠償請求したいのやけど、どやろか?

[裁判所]
まぁ待てや、Y合名会社の言い分も聞かなあかんで。Y合名会社は何か言い分あるんか?

[Y合名会社 新潟支店]
言い分めっちゃあるで!

まず第一に、Xは「債務不履行による損害賠償請求」を提起してるけど、民法第533条見てみ!「同時履行の抗弁」って決まりがあるやろ!つまりや、この533条によれば、「Xは俺らにカネを支払ってない(Xの債務を履行していない)」訳やから、俺らにも当然豆粕を届けるという債務の履行義務は発生しないはずや!

そして第二に、「塩釜レール入」っていう決済条件やけど、この文言の意味は、「代金と商品の引渡場所を塩釜駅に定める」と「塩釜駅に豆粕が到着した時を、商品価格確定の標準とする」って意味に過ぎないと俺らは解釈してんねん。

そして第三に、俺らはこの商慣習の内容に従うという意思は示していないで!?Xは、俺らが契約締結時にこの商慣習に従う意思があった事を証明せなあかんやろ!?

つまりや、俺ら(Y合名会社新潟支店)は債務不履行を起こしてないし、Xの損害賠償請求は不当っちゅーことや。

[裁判所]
ほーん、なるほどなぁ。X、お前はどやねん。

[Xさん]

いやいやいやいや。そもそも「塩釜レール入」ってのは商慣習として確立されてるもんで、「塩釜駅にブツが到着してからでないと、売主は買主に代金請求できない」って内容やし、Y合名会社もそれを認知しているはずや!

[裁判所]
なるほどなぁ。両者の言い分はわかったで!

このケースだとXの言い分が正しいなぁ。なぜなら、

「契約の意味内容確定に際して拠り所になる様な慣習が存在する場合、法律行為の当事者がその慣習の存在を知りながら、特に反対の意思を示さない場合は、この当事者はその慣習に従う意思があるものと推測するのが妥当である。」

と考えられるからや!従ってこの裁判、Xの勝訴!損害賠償の請求してもええで!

2. 本判例のポイント

本件判例のポイントは下記の通りです。

  1. 「塩釜レール入」という、契約当事者両者に妥当する商慣習が存した。
  2. 当該商慣習に関し、契約締結時に両者とも当該商慣習の適用に対して反対の意思を示さなかった。
  3. Y合名会社は、当該商慣習に従う意思はなかったとして、Xに対してYが契約締結時に当該商慣習に従う意思があったという証拠を示せと主張している。
  4. 商慣習とは別に、民法第533条では「同時履行の抗弁」を規定している。これによれば、双務契約の場合、契約相手方が債務を履行するまでは、自分も債務の履行を拒む事ができる。

ここで民法第533条をみてみましょう。

民法第533条(同時履行の抗弁)
双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りではない。

なるほど、確かに533条では「同時履行の抗弁」を認めていますね。一方、民法にはこんな規定もあります。

民法第92条(任意規定と異なる慣習)
法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

つまり、

任意規定と異なる慣習が存在し、かつそれが契約当事者双方に妥当するもであり、当事者双方がその慣習による意思を有していれば、その慣習が任意規定に優先する

ということです。

この事件では、

民法第533条の適用が考えられるものの、この規定はあくまで「任意規定(=公の秩序に関しない規定)」であり、これと異なる慣習(=塩釜レール入)が存在する場合は、そちらが優先的に適用される

という事です。

またこの判例のもう一つのポイントは、Y合名会社の「Xに対して、Yが契約締結時に当該商慣習に従う意思があったという証拠を示せ」という主張を却下し、

慣習によって契約の表示の意味を確定すべき旨を主張する者(=Xさん)は、両当事者に共通する慣習の存在と、その内容を主張・立証すれば足り、自らがこの慣習による意思を有していたことまで主張・立証する必要はない

とし、更に

その慣習による意思がなかった者(=Y合名会社)が、その慣習による意思が無かったことについて、主張・立証責任を負う

という法理を導き出した点です。

この法理に関連する判例として「大判大3.10.27」がありますが、この判例においても、

その慣習による意思を持って取引すべきであると一般的に考えられる者については、特に反対の意思を表示しない限り、その慣習による意思を有しているものと推定される

とされています。

3. まとめ

「塩釜レール入事件」のポイントを下記の通りまとめました。

  1. 任意規定と異なる慣習が存在し、法律行為の当事者がその慣習による意思を有していると認められる場合は、その慣習が任意規定に優先する。
  2. 任意規定と異なる慣習が法律行為の当事者双方に妥当する場合、法律行為時にその慣習によらない旨の特段の反対の意思を示さない限り、その慣習による意思があるものと推定される。
  3. 契約内容を慣習に従って確定すべきと主張する者は、その両者に妥当する慣習の存在の立証と内容の主張・立証をすれば足り、自らがその慣習による意思を有していたことまでの立証責任を負わない。
  4. 契約内容を慣習に従って確定すべきでないと主張する者が、自らがその慣習による意思を有していなかった旨を主張・立証する責任を負う。

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