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1. 契約の解釈と内容の確定
一口に「契約」と言っても、単純に契約当事者が契約を締結し、「はい終わり!」とはいきません。契約を締結してから、「こんな契約内容で契約したはずではなかった」とか、「ある条項の規定する内容の認識が両者で異なり、トラブルになった」等の事態を防ぐため、契約締結に至るまでに、様々なプロセスを経る必要があります。
そのプロセスの第一段階が、「契約内容の解釈」です。
「契約内容の解釈」とは、読んで字の如く、「両当事者間に成立した契約の内容を確定する作業」です。そしてこの契約内容の解釈は、主に下記の二つの要素から成り立ちます。
- 合意の意味の確定
- 契約の補充
それぞれについて、以下にて詳しくみていきましょう!
1-1. 合意の意味の確定とは
そもそも「契約」とは、両当事者の意思表示の合致(例えば甲はAを売りたい、乙はAを買いたい)であって、それに対して両当事者が意図する法律効果が与えられる、というものです。
つまり、契約が有効に成立する(法律効果が与えられられえる)ためには、まず両当事者が合意した内容に齟齬がないか、内容をしっかりと確定させる必要があります。
民法の三大原則の中に、「私的自治の原則」がありましたが、上で述べたことは、この私的自治の原則の下で、当事者間の自己決定が最大限尊重される事を意味します(公共の福祉に反したり、権力の濫用、公序良俗違反等と見做されない限り)。
1-1-1. 内心の意思の一致
私的自治の原則の下、契約当事者各々の自己決定が最大限尊重される現民法下では、契約当事者間の内心の意思が一致していれば(つまり、得たい法律効果の内容が一致している)、その意図した通りの内容で、当然に契約が成立します(当たり前ですが)。
1-1-2. 当事者の内心の意思に齟齬がある場合
では、両契約当事者の内心の効果意思に齟齬がある場合、どのように意思表示の内容を確定すれば良いのでしょうか?
以下の例ではどうでしょう?
「エビ」にはオマール海老、伊勢海老、車海老の三種類があるところ、A(売主)とB(買主)の間で「エビ」の売買契約が締結されたとします。尚この時、通常「エビ」という場合、一般的には「車海老」を指すものとします。
この時、Aは当該売買契約の対象を「オマール海老」と、Bは「伊勢海老」と考えていました。つまり、当該売買契約の締結に当たってのAの効果意思は「オマール海老を売却して、売却代金を得ること」、Bの効果意思は「売却代金を支払う代わりに伊勢海老の所有権をAから得ること」となり、二者間の効果意思に齟齬が発生することとなります。
この場合の対応として、A・Bのいずれの契約当事者の付与した意味がより合理的か、という観点から、意思表示(契約内容)の確定を行う必要があります。
ここで、諸般の事情を鑑み、仮に「エビ=オマール海老」と捉えるのが妥当であると考えられる場合、当該売買契約上では「オマール海老に関する売買が成立した」とされます。(Bはあくまで「伊勢海老の売買契約」と考えているわけですが、以後はBの「錯誤」の問題として処理されることになります。)
仮に諸般の事情を考慮した結果、A、B両当事者が合理的に考えるならば理解したであろう意味が、「オマール海老」とも「伊勢海老」とも言い難い場合は、そもそも当該売買契約事態が成立していない、と見做されます。(つまり、一般的にエビ=車海老を指すからと言って、当該売買契約を無理やり「当事者双方の「エビ」の認識が食い違っているため、一般的な「車海老」の売買と見做す!」とすることはNGということですね。)
1-1-3. 慣習による表示の意味の確定
1-1-1、1-1-2でみてきたのは、あくまで「契約当事者間の効果意思、内心の意思」でした。
それでは、契約の内容の意味の解釈の際に拠り所となる、契約当事者の効果意思外の「特別な慣習(商慣習)」が存在する場合はどうでしょうか?
この場合、契約の内容はその慣習に従って意味が確定されることとなります。
但し、この場合において基準となる慣習は、契約当事者の双方に妥当するものでなければなりません。(当たり前ですね。)
慣習による契約内容の意味の確定に関する判例として、「塩釜レール入事件(大判大10.6.2 民録27-1038)」があります。(事件の詳細はこの判例の解説ページをご覧ください!)
これによれば、
「慣習によって表示の意味を確定すべき旨を主張する者(慣習があるのだから、契約内容も当然その慣習に従って決まるべき、と主張する者)は、両当事者に共通する慣習の存在と、その内容を主張・立証すれば足り、自らがこの慣習に基づく意思を有していたことまで主張・立証する必要性はない」
また、
「その慣習に基づく意思がなかったと主張する者(慣習があるからと言って、契約内容までその慣習に従うことは認めない、と主張する者)が、自らにその慣習に基づく意思がなかったことに関して、主張・立証責任を負う」
との法理を導き出しました。
つまり、
-
- 契約において用いられた表示の意味を確定させる(合意の意味の確定)際に、拠り所となる特別な慣習(商慣習)が存在する場合は、その慣習に従って表示行為の意味が確定される。
- 但し、その拠り所となる慣習は、契約当事者双方に妥当するものでなければならない。
- 契約当事者間で、慣習による契約の表示の意味の確定に関して争う場合は、「慣習によって契約内容の表示の意味を確定すべきと主張する者」は、両者に共通する慣習とその内容を主張・立証すれば足り、「慣習によって契約内容の表示の意味を確定すべきでないと主張する者」が、自らにその慣習に基づく意思がなかったことに関して、主張・立証責任を負う。
ということになります。
2. 合意の欠缺と契約の補充
万能な契約は存在しません。
契約締結時には想定しなかった事が将来発生し、その想定外の出来事に対する対応策が契約内に規定されていなかったりする事は往々にして起こり得ます。
この様な場合、どの様な対応を取るべきなのでしょうか??
2-1. 合意の欠缺とは
契約締結時に、
その問題に関して契約当事者間で合意をしていなかったけれども、それは両当事者が意識的にその問題について決定をしなかったのではなく、そもそもその問題に対処するための「ルール」を設ける事の必要性について認識していなかった、
という場合があり得ます。この事象を「合意の欠缺」と言います。(ある問題の対応に関して、契約当事者間のコンセンサスが取れていない[=当事者間の合意が欠如している])
2-2. 合意の欠缺が存在する場合の契約の補充
上記で述べた「合意の欠缺」が存在する場合、どの様にその問題解決を図るべきでしょうか?
契約締結当時に合意が為されなかった内容(合意の欠缺)に関して、後になってから合意の欠缺を埋めるために、契約内容の解釈に必要な補充・補足を加える作業を「契約の補充」と言います。
この契約の補充の作業には、大きく「個別的補充」と「一般的補充」が存在します。
以下で詳しくみていきましょう。
2-2-1. 個別的補充
まず個別的補充です。
契約内容の個別的補充とは、
「当該契約に対して、契約当事者双方が与えた意味を読み解く事で、契約締結当時に合意していなかった問題解決のための規範を導き出す」
方法です。
即ち、
「まずは契約当事者双方の意思を最大限尊重し、その合意の欠缺が存在する事項に関して、契約当事者双方が契約締結時にその問題を考慮に入れていたならば、両当事者は合理的に考えてどの様な判断を当時下していただろうか」という検討作業を行い、契約当事者双方に妥当する規範を導き出す
事を指します。
この方法は、民法の三大原則である「私的自治の原則」に基づき、「契約当事者双方の自己決定並びに意思を最大限尊重する」意味において、合意の欠缺が存在する際にまず検討・実施されるべき内容となります。
2-2-2. 一般的補充
次に一般的補充です。
前節で個別的補充に関してみてきましたが、そこでの記載の通り、合意の欠缺が存在する場合、私的自治の原則に基づきあくまで優先されるべきは「個別的補充」による契約解釈です。
では、個別的補充による契約解釈を経てもなお、契約当事者双方に妥当する規範を確定する事ができない場合、どうしたら良いのでしょうか??
この場合、一般的に下記の3パターンが考えられます。
2-2-2-1. 任意法規による契約の補充
個別的補充のプロセスを経ても合意の欠缺を埋める規範を導き出せない場合の対応として、まず考えられるのは「任意法規による契約の補充」です。
任意法規とは
「公の秩序に関しない法律の規定」
を指します。
逆に「公の秩序に関する法律の規定」を「強行法規」と呼び、この強行法規に違反する契約内容や法律行為は無効となります。
任意法規、強行法規に関して、民法上ではどの規定がどちらに属するかの明文の規定はありません。
一般的に、民法総則でうたわれる規定の多くは強行法規と解されます。
例えば未成年の法律行為の取消権に関して規定した条文(民法第5条)。いくら民法で私的自治の原則が尊重されているからといって、この条文に反する「未成年者の行った意思表示であっても、取消は不可とする」といった規定が含まれる契約が有効と認められる訳がありません。未成年者の取消権は、判断能力が未熟な制限行為能力者を保護するための規定であり、「公の秩序に関する法律の規定である」と解されるからです。
話が脱線しましたが、ともかく、合意の欠缺がある場合でかつ個別的補充によっても契約当事者双方に妥当する規範が導き出せない場合、まずは任意法規を適用することによる契約内容の確定が試みられます。
但し、契約の補充に足る任意法規が存在する場合でも、「契約当事者が当該任意法規と異なる意思表示を示した場合」は、その意思表示が任意法規に優先されます。(民法第91条)
民法第91条(任意規定と異なる意思表示) |
法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。 |
2-2-2-2. 慣習による契約の補充
個別的補充のプロセスを経ても合意の欠缺を埋める規範を導き出せないものの、その規範に代わる任意法規が存在する場合でも、その任意法規の規定と異なる内容の慣習が存在する場合があります。
この場合、当該慣習を任意法規の代わりに契約の補充に充てて良いのでしょうか?
民法第92条では下記の様に規定しています。
民法第92条(任意規定と異なる慣習) |
法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。 |
つまり、
任意法規と異なる慣習が存在し、かつ契約当事者がその慣習に従う意思を有している場合は、任意法規よりも当該慣習が優先される
ことになります。
尚、慣習による契約の補充の際に、「その慣習による意思をもって取引すべきであると、一般的に考えられる者」については、特段の反対の意思を表示しない限り、その慣習による意思を有しているものと推定されます。(大判大3.10.27 民録20-818)
2-2-2-3. 信義則による契約の補充
契約内容の補充に際して、上述2-2-2-1, 2-2-2-2から導き出される規範も存在しない場合、民法第1条第2項の信義則を適用し、契約の内容補充がされる場合もあります。
3. まとめ
契約の解釈と内容の確定に関し、下記の通りまとめてみました。
- 契約内容の解釈には、「合意の意味の確定」と「契約の補充」のプロセスがある。
- 「合意の意味の確定」において、当事者間の内心の効果意思が一致していれば、契約は問題なく成立する。
- 「合意の意味の確定」において、当事者間の効果意思に齟齬がある場合、契約当事者のどちらが付与した意味がより合理的か、という観点から合意の意味の確定を図る。
- 「合意の意味の確定」において、契約当事者双方に妥当する慣習が存在する場合、その慣習に従って合意の意味が確定される。
- ある問題の対処に関し、契約締結時に当事者双方がルールを規定しておらず、当該問題の対処に関して当事者双方の合意が形成されていない事を「合意の欠缺」という。
- 合意の欠缺の解消のためには、「契約の補充」が必要となる。契約の補充には、「個別的補充」と「一般的補充」の2パターンが存在する。
- 民法の大原則である私的自治の原則に基づき、契約の補充に際しては「個別的補充」が優先される。
- 「一般的補充」には、任意法規による補充、慣習による補充、信義則による補充の3パターンが存在する。
- 契約の補充の優先順位としては、「個別的補充(当事者双方の意思)>慣習による補充>任意法規による補充>信義則による補充」となる。
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