「【民法総則】意思能力と行為能力」で、民法における4つの「制限行為能力者」の形態がある、という事を説明しました。
また、「【民法総則】制限行為能力者 – 未成年者」では、その内の一形態である「未成年者」について詳細に解説しました。
この記事では、「成年被後見人」について詳しくみていきます。
Contents
1. 成年被後見人の要件
民法では、成年被後見人を下記の様に規定しています。
民法第7条(後見開始の審判) |
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、補佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。 |
民法では、成年被後見人を「事理を弁識する能力(事理弁識能力)を欠く常況にある者」と規定しています。
具体的にどの様な状態にある者を成年被後見人とするかに関しては明文の規定がありませんが、一般的には「精神障害等によって、常に単独で物事を判断することができない」人を成年被後見人と言います。
即ち、「事理弁識能力を欠く常況」にあって、「家庭裁判所から後見開始の審判」を受けた者は、民法上の「成年被後見人」として扱われる事になります。
2. 成年被後見人の保護者
成年被後見人の保護者は、「成年後見人」です。成年後見人は以下の条文で規定されています。
民法第8条(成年被後見人及び成年後見人) |
後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。 |
民法第843条(成年後見人の選任) |
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ある者に対して後見開始の審判が下された時点で、家庭裁判所はその職権において「成年後見人」を選任し、必要であると認められる時は、成年後見人を更に追加で選任することができます。
3. 保護者の代理権
成年被後見人の保護者(成年後見人)は、成年被後見人に代わり、その本人の法律行為を代理で行う事ができます。
この成年後見人の代理権に関しては、下記の条文で規定されています。
民法第859条(財産の管理及び代表) |
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未成年の保護者の代理権を定めた条文の焼き直しの様な感じですね。
第2項の「第824条ただし書の規定」とは、「本人の行為を目的とする債務を生ずべき場合」の事です(参考:【民法総則】制限行為能力者 – 未成年者)
成年後見人が代理権を行使できるその範囲ですが、下記の条文によって一定の制約がかけられています。
民法第859条の3(成年被後見人の住居用不動産についての許可) |
成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。 |
成年後見人は、成年被後見人の財産やその他広範にわたる法律行為の代理権を有しており、成年被後見人の「法定代理人」となります。
しかしながら、民法第859条の3に規定される、成年被後見人の住居に関する法律行為に関しては、成年後見人は代理権を持っているからといってこれを勝手に行使することはできず、家庭裁判所の許可を取得しなければなりません(住環境の変化は、成年被後見人に重大な影響を与えると考えられる事から、こうした保護措置が取られているのです)。
4. 保護者の同意権
前章で成年後見人の代理権をみました。未成年の保護者(親権者、未成年後見人)に与えられている代理権と、内容が似ていますよね。
では同意権に関してはどうでしょう?
実は成年後見人には同意権が付与されていません。未成年後見人との大きな違いは、この「成年後見人には同意権は付与されていない」という点です。
どういうことでしょうか?
そもそも同意権の意義とは、「ベースとなる制限行為能力者の判断があり、それに対して法定代理人又は同意できる者が同意をする」ということです。
一方で成年被後見人の定義は、「事理弁識能力を欠く常況にある者」という定義でした。
民法上、「成年被後見人は事理弁識能力を常に欠くが故に、同意のベースとなる判断の形成がそもそも不可能」と見做されており、この為に成年後見人には同意権が付与されていません(そもそも同意の対象となる制限行為能力者の判断が形成され得ない)。
5. 成年被後見人が単独で行えない法律行為を単独でした場合
成年被後見人が単独で法律行為を行った場合、その後の当該法律行為の対応として「取消」と「追認」があり、以下の4パターンに細分化されます(未成年が単独で法律行為を行った場合の対応と同じですね)。
5-1. 本人による取消し
成年被後見人が単独で行った法律行為は、本人が取り消すことができます。以下根拠条文です。
民法第9条(成年被後見人の法律行為) |
成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入の他日常生活に関する行為については、この限りではない。 |
民法第120条(取消権者) |
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民法第9条では、「成年被後見人の法律行為は取消可能である」旨を規定しており、民法第120条では、「当該法律行為の取消権者」を規定しています。
民法第120条では、「制限行為能力者(即ちここでは成年被後見人本人)が行為を取り消すことができる」と規定していますから、この条文に基づき、成年被後見人本人が法律行為を取り消すことができる、という事になります。
ただし、民法第9条に規定の通り、「日用品の購入やその他日常生活に関する行為」については、成年被後見人が単独で行った行為であっても取り消すことはできません。
5-2. 保護者による取消し
成年被後見人が単独で行った法律行為は、その本人のみならず、その保護者(成年後見人)も取り消すことができます。
民法第120条(取消権者) |
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ココですね!
民法第120条では、成年被後見人本人以外にも、「代理人」に取消権を付与しています。
即ち、成年後見人(=成年被後見人の法定代理人)ですね。
ここまでが、成年被後見人が単独で行った法律行為(日用品の購入等除く)の「取消し」でした!
5-3. 保護者による追認
3パターン目は「追認」です。
成年後見人には、成年被後見人が行った法律行為に対する追認権が認められています。根拠条文は以下の通りです。
民法第122条(取り消すことができる行為の追認) |
取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。 |
民法第120条は前項で確認しました。第120条に規定される者とは、
- 制限行為能力者
- 制限行為能力者の代理人
- 制限行為能力者の承継人
- 同意をすることができる者
でした!
即ち、成年被後見人の法定代理人である成年後見人が、民法第122条に規定される「追認権」を行使できるという事になります。
5-4. 本人による追認
成年被後見人による取消し可能な法律行為の取消しは、成年被後見人本人による追認も可能です。
民法第122条(取り消すことができる行為の追認) |
取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。 |
民法第124条(追認の要件) |
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繰り返しになりますが、まず民法第122条です。122条(厳密には参照先の120条)では「制限行為能力者本人」が追認権を有すると規定されてましたよね?
それはそうなんですが、その追認権を行使する際の「要件」を定めた条文が民法第124条です。
つまり、民法第122条で追認権を持っていても、124条の要件を満たさなければ、追認権は行使できないということです。
では成年被後見人本人が追認権を行使するための要件は何でしょうか?この要件を規定しているのが、同条の第1項です。
第1項では、「追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後」でないと、追認はできない、と定めています。
即ち、「制限行為能力者である成年被後見人が行為能力を回復し、かつ、その本人が当該法律行為に関して取消権がある事を認知した後」でないと、追認はできない、と規定しています。
つまり、本人が取り消すことができる法律行為を追認するには、その本人が行為能力を回復して、成年被後見人でなくなり、かつ取消権を有することを認知する事が必要となります(行為能力の回復に関しては、本記事の最後の項を参考してください)。
因みに、未成年者の場合は、法定代理人の同意を得ることによって本人も法律行為を追認することができましたが、成年被後見人は本記事第4項「保護者の同意権」でも見たように、そもそも法定代理人の同意のベースとなる本人の判断の形成が困難と見做される事から、民法第124条第2項第2号の「制限行為能力者」から除外されています。
6. 相手方の催告権
成年被後見人の相手方の催告権につき、まずは条文からみていきます。
民法第20条(制限行為能力者の相手方の催告権) |
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成年被後見人に対する催告権の内容は、未成年に対する催告権の内容と同様です。まとめると下記の様になります。
【成年被後見人に対する催告2パターン】
催告の相手方 | 催告の時期 | 確答の期限 | 期限内に確答がない 場合の効果 |
本人 | 行為能力者となった後 | 最低1ヶ月以上 | 当該法律行為を 追認したとみなす |
成年被後見人の 法定代理人(=成年後見人) |
制限行為能力者である間 | 最低1ヶ月以上 | 当該法律行為を 追認したとみなす |
7. 行為能力の回復
最後に、成年被後見人が行為能力を回復する要件をみていきましょう。
民法第10条(後見開始の審判の取消し) |
第七条に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人(未成年後見人及び成年後見人をいう。以下同じ。)、後見監督人(未成年後見監督人及び成年後見監督人をいう。以下同じ。)又は検察官の請求により、後見開始の審判を取り消さなければならない。 |
民法第10条では、「第七条に規定する原因」、即ち「精神上の障害により事理弁識能力を欠く常況」が消滅したときは、一定の者からの請求によって後見開始の審判を取り消さなければならないとしています。
この条文に基づき後見開始の審判を取り消された者は、行為能力を回復したと見做され、成年被後見人ではなくなります(ただし行為能力の回復の程度によっては、後見開始の審判の取消後に保佐若しくは補助開始の審判が下される場合もあり、その場合は引き続き制限行為能力者のままとなります。)。
8. まとめ
成年被後見人に関する各項目につき、前回解説した未成年者と比較してまとめてみます。
未成年者 | 成年被後見人 | |
制限行為能力者となる要件 | 成年に達していないこと | 家庭裁判所による後見開始の審判(7条) |
保護者 | 親権者(818条) 親権を行う者がいない時は未成年後見人(838条) |
成年後見人(8条) |
保護者の代理権 | あり(824条/859条) ★ただし、子の行為を目的とする債務を生ずべき時は、 本人の同意が必要 |
あり(859条/859条の3) ★ただし、成年被後見人の行為を目的とする債務を生ずべき場合は本人の同意が必要 ★ただし、成年被後見人の住居用不動産に関する処分については家庭裁判所の許可が必要 |
保護者の同意権 | あり(5条) ★ただし、「単に権利を得、義務を免れる行為」、「法定代理人が目的を定め、若しくは定めずに処分を許した財産の処分」、「未成年者が営業を許可された場合、その営業に関わる法律行為」に関しては保護者の同意は不要 |
なし |
制限行為能力者が単独で行えない法律行為を単独で行った場合 | 本人の取消権(5条/120条) 保護者の取消権(5条/120条) 本人の追認可能性(122条/124条) 保護者の追認権(122条) |
本人の取消権(9条/120条) 保護者の取消権(9条/120条) 本人の追認可能性(122条/124条) 保護者の追認権(122条) |
相手方の催告権 | あり(20条) | あり(20条) |
行為能力の回復 | 成年に達すること | 家庭裁判所による後見開始の審判の取消し(10条) |
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